2009年9月28日月曜日
日の出とともにウォーキング7
2009年9月6日日曜日
ウォーキングの極意「健康は知識から23」
2009年8月30日日曜日
ウォーキングの極意「健康は知識から16」
2009年8月24日月曜日
ウォーキングの極意「健康は知識から10」
2009年7月9日木曜日
ウォーキングの秘密「大脳と自律神経系46」
2009年7月7日火曜日
ウォーキングの秘密「大脳と自律神経系44」
2009年7月6日月曜日
ウォーキングの秘密「大脳と自律神経系43」
2009年6月25日木曜日
ウォーキングの秘密「大脳と自律神経系32」
2009年6月21日日曜日
ウォーキングの秘密「大脳と自律神経系28」
2009年6月18日木曜日
ウォーキングの秘密「大脳と自律神経系25」
2009年6月14日日曜日
ウォーキングの秘密「大脳と自律神経系21」

2009年2月12日木曜日
鶴賀喜代三郎
昨日、湯島天神で名取式がありました。入門して3年、家元の厳しくも暖かいご指導を得て、新内如月派名取となりました。
神前で祝詞があがり、家元をと々九度を交わし免状をいただきました。いやー、三々九度やるとは思いもよらず。まるでマル○の契りのようです(^^ゞ
私は三味線方なので名前は四文字です。語りを担当する太夫さんは三文字。かーちゃんも三味線方で喜代智寿という芸名をいただきました。
新内には人間国宝がお二人いらっしゃいます。太夫の鶴賀若狭掾(わかさのじょう)家元(新内協会理事長)と、三味線の新内仲三郎家元(同副理事長)です。またもうお一方、三味線方の重鎮には冨士松菊三郎家元がいらっしゃり、私のいただいた喜代三郎というのはかなりナマイキな名前のため、家元が理事長にご相談いただいてOKをいただいたというオマケ付き(^^ゞ。三味線の三を取って三郎という名前は昔はかなりいらしたとのこと。最初の候補は喜代紫郎でした。Deep Purpleフリークの私はこちらもいいナと思ってましたが(^^ゞ
式の後、広尾の清水に移動し名披露目を行いました。私とかーちゃん、先輩の兄弟子で家元代行の喜代寿郎さんと姉弟子の喜代寿寿さんとで新内流しを弾きながらお客様をお迎えします。最初の演目は踊りの藤間蔦也さんに入っていただき落語八景です。その後口上があり、皆様に名前を披露させていただきました。
http://www.princehotels.co.jp/akasaka/restaurant/arisugawa_shimizu/index.html
そして新内流し、最後にりんきの火乃玉を演奏、お客様と俗曲を唄いお開きとなりました。今後ますます精進して人間国宝を目指したいと思います(^^ゞ
2009年2月1日日曜日
てんこもり
2009年1月26日月曜日
お稽古
昨日は自転車に乗りました。土曜日はかなり気温は低かったですが、打って変わって日曜日はかなり暖かでした。
ゆっくり目に出たので皇居周辺は歩行者天国になっており、歩行者、ランナー、自転車乗りが思い思いに楽しんでいます。車道を思いっきり走れるのでいやー、楽ちん楽ちん。信号待ちが2回ほどありましたが33分台のたぶん歴代トップのタイムでゴール!
セミなんちゃって自転車族のワタクシを細いタイヤの本格派がバンバン追い越していきます。うーん、ギア比が違うのでしょうか追いかけようとしても全くお話になりません(^^ゞ
今日気がついたのは、暖かいこともあったのでしょうが、ランナーの皆さん筋肉補助機能のついたスパッツを履いた方ばっかりです。男性も、女性も皆さんそれ。その上に短パン履いてます。
午後からはお稽古でした。2月11日(祝)に名取の襲名式があるのですが、その後の料亭でのお披露目で、本来7月に上演予定だった「りんきの火乃玉」をやることになり、13時から21:30までバッチリとお稽古を付けていただきました(^^ゞ
2009年1月12日月曜日
新年会2連発+ホッケーの試合のフルコース!
2008年12月8日月曜日
新内研修演奏会
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2008年11月17日月曜日
新内研修演奏会
佐倉惣五郎 さくらそうごろう 生没年不詳。江戸時代の代表的な義民。名は宗吾・惣吾ともいわれるが、当時の下総(しもうさ)国公津台方(こうづだいかた)村(千葉県成田市)の名寄(なよせ)帳には惣五郎とある。子孫とされる家は木内(きうち)姓を名のっている。惣五郎についての史実はほとんど不明で、義民伝承のかたちでつたわっている点が多い。
時代背景には、下総(しもうさ)国佐倉藩主堀田正信が領内への苛政などを理由に1660年(万治3)改易され、のち幕府代官が領内の租税を軽減した事実があった。いっぽう「地蔵堂通夜物語」「佐倉義民伝」などの伝説は、公津村の名主惣五郎が重税にくるしむ領民を代表して、上野の寛永寺に参詣中の将軍に直訴(じきそ)し、租税は軽減されたが惣五郎一家が死刑となり、その怨霊によって堀田氏がほろびるという筋書きである。
その後正信の弟正俊の子孫正亮(まさすけ)が1746年(延享3)藩主として佐倉に入封すると、惣五郎一家の百回忌にあたる52年(宝暦2)に、惣五郎伝承ののこる将門(まさかど)山に口の明神(みょうじん)を建立し惣五郎をまつった。さらに惣五郎の子孫とされる台方村の利左衛門(りざえもん)一家に、藩主から5石の田地があたえられるなど、伝承の一部が史実化されていく。
1851年(嘉永4)江戸中村座で歌舞伎「東山桜荘子(ひがしやまさくらそうし)」が上演され、主人公の浅倉当吾が室町時代を舞台に義民劇をくりひろげ、同内容の講談や口説(くどき)の流行とともに、庶民の間にも義民の代表者惣五郎の話が根づくことになる。明治期には、自由民権運動の先駆者とされた。惣五郎の墓所とされる成田市の東勝寺は宗吾霊堂とよばれ、現在も多くの参詣者がある。
2008年10月24日金曜日
お座敷
2008年8月4日月曜日
新内研修演奏会
終了後、荷造りして赤坂のお稽古場にお道具類を降ろし、自宅に戻り浴衣に着替えていつもの打ち上げ処、赤坂の五番館へ向かいます。この場ではいつも大褒めあい大会になるのですが、今回はまた名取筆頭の80歳を超えられた森先生をはじめとして、一段と太夫さん方のお声が出ていて本当に素晴らしい発表会でした。
さて、本日はローラーの日です。土、日は舞台本番を控えて朝のエクササイズはお休みしておりましたが本日から再開です。
終盤に差し掛かった7周目くらいの時だったと思います。例の若いガードマンさん(前に退去命令を出したヒト)がピリピリと笛を吹いて、私を止めにかかります。おや、どうしたの?と思っていると、「ダンナさん(ダンナってオレのこと?)、車ですよね」「あ、はい」「移動してもらえませんかね~」と指さしたのは入口の門を過ぎて道路にデーンと停めてあるワンボックス。「あ、あれ私のじゃないんで」「あ、そーですかー。困ったなー」そんなトコに停めないって。もっと奥の患者さん用の駐車場のスペースに我が物顔で停めてるんだから(^^ゞ
それにピリピリ笛吹かなくていいじゃん、二人しかいないのに(^^ゞということで、再び退去命令を出されることもなく、滑り終えました。患者さん用駐車場の近くにはイチジクの木があります。だんだん実が大きくなってきてます。落っこちたら拾おうっと。
本日は10.24キロを39:06秒でした。
2008年6月25日水曜日
新内合同研修演奏会
8月3日(日)に弟子連の演奏会がございます(師匠も出ます)。ワタクシも二番、出番がございます。開演12時からですが、私の出番は16時前のイメージです。
12時からおいでになると確実に16時まで持ちません(^^ゞ
演目はトリの二番手前の「関取千両幟」稲川内と相撲場の二番です。
http://www.t3.rim.or.jp/~minwaza/Site2/5C979BB3-2DB9-4DCD-940B-12C349AB8816/DA95986C-EB47-4750-A577-45A68F578B1A.html
